東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8801号 判決 1965年7月14日
原告 熊本義晴 外一名
被告 永田郁緒 外一名
主文
被告らは連帯して原告らに対し各金百五十万円及びこれに対する昭和三十九年九月二十九日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
この判決は、原告らにおいて被告らに対し各金五十万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は主文第一項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。
「一、被告永田は南町医院を経営する医師であり、被告高橋は被告永田が使用している見習看護婦であるが、原告美世子が昭和三十九年六月二十三日原告らの長女和子(同年一月二十八日生)を同医院で永田に診察してもらつたところ、被告永田は、気管支が悪いといい、和子にケミセチンSF錠五十ミリを処方投薬し、直ちに看護婦に命じてこれを和子に服薬させ、同日午後五時に服薬のため和子を連れてくるように原告美世子に指示した。原告美世子が同日午後六時ごろ同医院に和子を連れていくと、被告高橋が和子を受取つて、医師の監督も指示もなしに、本件錠剤を服薬させたが、これが和子の気管支にはいり、和子はそのため窒息して同日午後六時三十分死亡した。
二、和子の死亡は、被告永田が生後五カ月未満の乳児である和子に錠剤を投薬し、しかも、看護婦が乳児に服薬させる場合は、医師の監督のもとでするよう指示しておくべきであつたのに、そのような指示をしてなかつたことと、被告高橋が、医師の監督がないのであるから、錠剤を服薬させるためには、これを砕きあるいは水で溶かす等窒息を防止するため万全の注意をすべきであつたのに、これを怠つたこととに起因するのであるから、被告らは和子の死亡によつて発生した損害を連帯して賠償すべき義務がある。
三、和子は発育良好で死亡直前まで元気であつたから、七十二、三四年の余命を有し、少なくとも二十歳から五十五歳まで働くことができ、年平均三十五万三千四百九十六円の収入を得、生活費として年十二万七千二百七十二円を要するものと予想され、従つて、死亡により右収入から生活費を控除した年二十二万六千二百二十四円の割合で一年ごとにホフマン式計算方法により中間利息を控除した右期間中のうべかりし利益二百九十三万千百八十四円を失い、被告らに対し同額の損害賠償債権を有していたが、原告らはこれを二分の一ずつ相続し、また、和子の死亡により葬祭費等合計七万六千五百五十円を支出した。また、和子は原告らの最初の子であり、錠剤は危険であるので、わざわざ医院まで服薬させにいつたのにこのような結果になつた上、のどを切開され、司法解剖までされ、原告ら夫婦は和子の死亡のため不和になつてしまつたので、原告らが和子の死亡により受けた精神上の苦痛は測ることができないが、原告義晴は昭和六年八月十五日生、早稲田大学卒業、現在東京トヨペツト株式会社に中古車課長として勤務、月収平均六万九千三百二十七円を得ており、原告美世子は昭和十一年五月九日生、高等学校卒業後三菱商事株式会社に勤務、昭和三十七年十月十日原告義晴と結婚したものであり、被告永田は東京大学出身の医学博士で、南町医院は繁盛していたから、原告らの右精神的苦痛に対する慰謝料の額は各百万円が相当である。
よつて、相続による損害賠償債権各百四十六万五千五百九十二円、葬祭費等各三万八千二百七十五円、慰謝料各百万円のうちそれぞれ百五十万円及びこれに対する不法行為成立後の日から右完済に至るまで法定の損害金の連帯支払を求める」
被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
「一、原告ら主張事実中第一項は次の点を除き認める。午後五時までにくるよう指示したものであり、死亡時間は午後六時十分である。第二、三項中和子が発育良好で死亡直前まで元気であつたこと、のどを切開したことは認めるが、その余の事実は争う。
二、被告高橋は見習看護婦になつてから十年にもなり、被告永田の監督のもとで数限りなく患者に服薬させ、一度も事故を起したことがなかつたのである。同被告は事故当日原告美世子から和子を受取り、泣きやませた上、これを立てるように抱いて水で口と本件錠剤一錠とをぬらして錠剤を舌の上にのせると、和子はこれをたやすく飲み下したので、その背中をさすつて飲み下しを確実にしたのち、さらに、二錠目を前同様の方法で与えたところ、和子は少し口を動かしていたが、急に吐きそうにして苦しみ出したので、直ちに被告永田に急報した。外科診療室で患者を診察していた被告永田は急いで和子を診察し、直ちに隣りに住む耳鼻咽喉科専門の訴外森明医学博士の応援も求め、人工呼吸酸素吸入、強心剤注射、気管切開、気管分泌液吸入排除等の救急処置の限りを尽したが、遂に及ばなかつたものである。
三、錠剤による窒息死の例は必ずしも多くないし、本件錠剤は乳児用に製造された小粒の糖衣錠で服用し易いからこれを生後四カ月以上の乳児に投薬したことには何の過失もない。また、被告永田は乳児の服薬については日ごろ看護婦に対して十分な注意を与え、教育している上、必ず自分の監督下で実施してきたものであり、事故当日も原告美世子に対し午後五時を過ぎると外科診療室に行き、内科の監督はできなくなるから、同時刻までにくるよう指示したのに、原告美世子は右時刻後にきて被告永田の不在を承知の上で見習看護婦に服薬させることを頼んだのであるし、なお、事故当日昼過ぎ原告美世子が和子にゆで卵の黄味をつぶして食べさせようとしたところ、窒息しそうになつたというのに、この事実を被告高橋に告げなかつたものである」
証拠<省略>
理由
原告ら主張事実中第一項のうち来院方指示の内容、死亡時刻の点を除くその余の事実、和子が発育良好で死亡直前まで元気であり、のどを切開されたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一ないし第四号証、証人小国クメ、熊本マサ子の各証言、原被告ら各本人尋問の結果(原告義晴は第一回)によれば、被告高橋は和子をひざの上に腰掛けさせるように横向きに抱き、左手で和子のほおを押えてその口中に水を含ませた上、本件錠剤一錠目を水でぬらして口中に入れ、これを無事に飲み下させたが、和子が泣き出したのに泣きやめるのを待たないで右同様の方法で二錠目を口中に入れたところ、これが気管支にはいつてしまつたこと、南町医院には見習看護婦を含めて看護婦が八人おり、交代で勤務していたが、これらが患者に服薬させるについては特に医師の許可を受けることになつておらず、服薬させる方法についても、ただ窒息させないように注意せよというだけで、窒息させないためにはどういう方法をとるべきかについては何の指示もなく、各人各様の方法で服薬させていたこと、被告高橋は十年間見習看護婦として南町医院に勤務しているが、看護婦の学校にも講習にもいつたことがないこと、一歳未満の女児の平均余命は七十二、三四歳であり、昭和三十七年度勤労者全国平均賃金現金給与額は年三十五万三千四百九十六円であり、全国都市勤労者世帯の平均実支出総額は世帯員四、一七名の世帯で年五十一万八千七百十二円、世帯員一人につき十二万四千三百九十一円であること、原告義晴は昭和六年八月十五日生、早稲田大学法学部卒業、現在東京トヨペツト株式会社に中古車課長として勤務、昭和三十九年中の収入は八十二万三千円であり、原告美世子は昭和十一年五月九日生、高等学校卒業後三菱商事株式会社に勤務、昭和三十七年十月十日原告義晴と結婚したが、現在出版会社に勤務し、月収二万五千円を得ていること、原告らは最初の子である和子を非常にかわいがつていたが、義晴が、錠剤は危険だから、和子には飲ませないようにと日ごろ原告美世子に注意していたのに、和子がこのような事故で死亡したため、不和となり、遂に昭和三十九年十二月二十二日その間に離婚の調停が成立したことが認められ、被告永田の本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。被告らは、原告美世子が、被告永田が不在なのを承知の上で、見習看護婦に服薬させることを依頼した旨及び事故当日昼過ぎ原告美世子が和子にゆで卵の黄味をつぶして食べさせようとしたところ、和子が窒息しそうになつたというのに、この事実を被告高橋に告げなかつた旨主張するけれども、被告高橋が単独で服薬させる以上、これは被告永田から許容されていることであり、無事に服薬させてくれるものと美世子が信ずるのは当然であるし、右のようなことで乳児が窒息しそうになることはままありうることで特に異状なことでもないから、右被告ら主張のような事実があつたとしても、原告美世子に過失があつたものといえないことは明白である。
右事実によれば、乳児が泣いているとき錠剤を服用させればこれが気管支にはいり、乳児を窒息させる虞のあることは明白であるのに、被告高橋は、和子が泣きやむのを待たないで二錠目をその口中に入れたものであり、被告永田は、錠剤を乳児に服用させるには多少とも危険が伴うのは明らかであるから、看護婦としての教育を受けていない被告高橋には医師の監督のもとでする以外はこれを禁ずるとか、単独で行わせる以上、少なくとも、泣いている乳児には、泣きやんでから服薬させるようにする等事故防止に必要な方法を教えておくべきであるのに、これを怠つたものであるから、和子の死亡は被告らの過失に基くものというべく、和子は、生きていれば、高等学校を卒業して二十歳から五十五歳まで働くことができ、その間少なくとも年平均三十五万円の収入を得、生活費として多くとも年平均十三万円の支出をするものと推定することができ、毎年の右収入から支出を控除した純益(二十二万円以上)からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した額の右期間中の合計額(純益を二十二万円とすると合計額は四百三十八万千八百三十九円となる。)から十九年七カ月八日間(事故発生日から和子が二十歳になるまでの期間)の中間利息を控除すると二百万円以上になることは計数上明らかであるから、和子はその死亡により二百万円以上のうべかりし利益を失つたものというべく、原告らが各二分の一の相続分で和子の相続をしたことは明白であり、また、原告らの和子の死亡による慰謝料の額は各五十万円が相当と解される。従つて、被告らは連帯して原告らに対し慰謝料各五十万円、和子のうべかりし利益喪失による損害賠償債権のうち各百万円及びこれに対する損害発生以後の日である原告ら主張の日から完済まで法定の年五分の割合による損害金を支払う義務を有するものというべく、その履行を求める原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し、主文のように判決する。
(裁判官 田嶋重徳)